■夜に飛ぶドードー


今はもういない鳥の話をしようか。飛べなかった鳥の話。
ドードーって言ってね、丸くて黒い七面鳥みたいな奴なんだ。人がいない太平洋の島で平和に暮らしていたんだよ、昔は。なんでも人間が海の向こうから渡って来て、彼らを捕まえ出したそうなんだ。ドードーの肉はとても臭かったって話だけど、とにかく人間は捕まえて食べたり、羽をむしったりした。人間と一緒に来た犬はこの鳥の卵が大好物だったとも聞く。
とにかくそんなこんなでドードーはこの島からいなくなった。もともとこの島にしかいなかったドードーは、この世界からも姿を消してしまったんだ。
なんでそんなに簡単にいなくなってしまったか、という難しい話――このことを「絶滅」って言うんだけど――をするとき、学者さんたちはみんな口をそろえて「ドードーは飛べなかったからだ」って言うんだ。飛べなくてのろのろ歩いていたから逃げられずに捕まって、いなくなったって。でも本当にそうかな? 僕はちょっと違うと思うんだ。
あの島で、若い奴らは月の明るい夜になると木に登って飛び降りる練習をしたり、ちょっと器用な連中になると星の間を縫うようにすいすい飛んだりしていた。そう、ドードーは飛べたんだよ、夜の月明かりの中では。人間や犬が気付かなかっただけで、奴らは星の光をすり抜けたり、夜に響く波音に浮かぶようにして空を飛び回っていたんだ。
そんなドードーも、何百年もそんな素敵なことを続けているうちに退屈になってきた。おいしいごちそうでも毎日は食べられないように、柔らかな三日月の光や眩しいほどの満月の雨を浴びるのも奴らにとっては嫌気がさすものになっていったんだろう。そして奴らがドードーの生活に飽きてきた頃に吹いた風、それが人間だったんじゃないかって思うんだ。

都合のいい考えだって思うかい? そんなのはドードーを消した人間の体のいい言い訳だって。 それじゃあ教えてあげる。ドードーがいなくなった本当の理由、それは彼らがただ飽きてしまったからだって僕は思っている、そしてひとりぼっちに耐えきれなくなったからだって。自分たちだけのこの世界に。モーリシャスって名前の島で、奴らはひとりぼっちだったんだ。もちろんドードーはたくさんいたけれど、奴ら「ドードー」って鳥は確かにひとりぼっちだったんだ。
あの島に人間が入ってきたことで奴らはひとりじゃなくなり、それと同時にドードーだけの世界は終わった。ドードーは自分たちの生活を退屈だと思いながらも、平和な彼らだけの世界じゃないと生きていけなかったんじゃないだろうか。だからいなくなってしまったんだ。彼らは退屈から抜け出す刺激を求めていたけれど、退屈じゃないと生きていけなかったんだ。でもそれに耐えきれず、求めた新しい空気に触れた。
ドードーにとって不幸だったのは、彼らが欲しかったはずの新しい風にさらされても耐えられるほど強くなかったってことなんだ。自分たちの生活を退屈だと感じたときにはもう、この結末は決まっていたのかもしれない。もし彼らがひとりぼっちのままで平凡に夜飛ぶ生活を愛することができていたのなら、また違った未来があったのかも知れない。
でも、ドードーはもういない。彼らは孤独にも退屈にも耐えきれなかったから。自分たち以外の仲間が欲しかったのに、新しいものに接する強さがなかった。だから別の世界へ行ったんだ。
僕らはもう、月明かりの中で飛ぶドードーを見ることができない。でももしかしたら違う世界に行った彼らと、違うかたちで出会うことができるかも知れない。ほら、そう考えると楽しみだろう?


040213

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