■牛乳プリン


何かあったときと、何もないとき。僕はひとりで牛乳プリンを食べることにしている。森永の、お日様のマークが笑ったり怒ったりしているアレだ。おまじないみたいなものだと思う。僕はひとりで家を抜け出し、雨の降る中を懐かしい川原へと向かった。
傘を差すのが嫌いだった。いつも雨合羽を着て、頭だけを濡らしながら風に向かって歩く子どもだった。今は違う。ビニール傘が好きだ。透明な膜と雨粒を通って、夜の光の色が何とも言えない色に見える。日付も代わろうとしているのに女のひとが出歩いている、たったそれだけのことに都会を感じながら僕は電車通りを渡った。寒い。息はミルク色に煙り、視界を一瞬だけ遮る。
ところどころの風景に感じる違和感を無視しながら、僕はいつものローソンで牛乳プリンを買い、河川敷に降りてきた。126円という値札を見たときに、近所の古本屋さんで一冊60円の放出セールをしていることをふと思い出して買うのをよそうかと考えた。それでもがまぐちを開いたのは、これが特別な出費だって分かっているからだ。これは古本何冊に置き換えていいものじゃない、と。
ジャケットの裾が濡れ始めた頃にたどり着いたそこは昔と変わっていなかった。馬鹿みたいに強い風、雨の日には増水して濁る豊平川、橋げたに書かれたチンピラの落書き、煙草の吸殻。僕が煙草を吸うのなら、絶対にここで何本かふかすだろう。ここはそういう雰囲気の場所だった。僕らが飽きるほど口にした、川、橋の下、だ。冷たい空気の中かじかんだ手で、僕は震えながらプリンのふたを開ける。遠くの電光掲示板が、『増水中 危険』と赤く光っていた。川沿いに並ぶラブホテルの水色のネオンが点滅していた。足元を流れる川の音と真上を通る車の音に混じって、救急車のサイレンが聞こえてきた。いつだったか、何度も経験したことのように思えた。今はいつだろう。手の中の牛乳プリンだけが現在を示していた。

振り返る。真夏の夜、花火ではしゃぐクラスメイトを、少し離れたところから見ている自分の姿が見えた気がした。きっとこの場所も夏になれば、近くの学校に通う高校生がたまり場にするのだろう。この幌平橋が新しくなってから、それは何度も繰り返されてきたはずだ。僕は目を閉じた。僕はこの場所に何を遺してきただろう。華々しい青春物語も淡い恋の予感も、この橋の下にはなかった。僕はただ眺めていただけだ。友人たちの時間を、尽きることなど信じられなかったあの年代を。


050514

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