■さびしんぼう

一語100% 2005年度「一語100%」参加しました


シャッターを切った。ぱしりと音がして屋上からの町並みが切り取られ、僕は高い空にひとり取り残されたような錯覚を覚えた。
ここから見下ろした町では人影がぽつりぽつりと動いていて、車道には車がそれなりに行き交っている。確かにそこには人が存在しているのだけれど、ここからはあまりに遠すぎて僕はいつも孤独感を拭えない。
時々涙が出そうになるから。だから僕は人前ではシャッターを切らないようにしていた。

「なにしてるの?」
突然後ろから声がした。僕は慌てて目を擦り、振り返った。同じクラスの藤村さんが、腕を後ろに組んでこっちを見ていた。
「菊池くんが写真撮るひとだなんて知らなかったな」
「別に隠してたりはしてないんだけどね」
ふぅん、と藤村さんは言う。別に興味がないみたいに僕の横を通り過ぎた彼女は、フェンスに体を預けた。
「なに、撮ってたの?」
「別に、なにをって訳じゃないけど」
「町でしょ」
「……なんでそう思うの?」
今度は僕が聞く番だった。藤村さんは少しだけ考えるそぶりを見せて、視線を僕のほうに向けた。紺色のスカートが揺れていた。
「別に、根拠がある訳じゃないんだけどね」
「できたら何となく以外の答えがいいな」
んーとね。彼女は少し笑っているようだった。
「菊池くん、淋しがりやさんだから」

息が詰まった。どうして? 僕はそう口に出そうとしたけれど、彼女の淋しそうな笑顔を見ると何も言えなくなってしまった。僕たちはしばらくの間、同じ空間で視線を交差させていた。見詰め合うなんて言い方はそぐわない、優しげな時間が流れていた。

藤村さんが先に口を開いた。
「あたしもね、おんなじなんだ。ひとりが嫌なんだよ」
「……」
「だけど、たまにひとりになりたくなるの。だから屋上に来たんだけどね」
「……けど?」
ふっと彼女の表情が和らいだ。フェンスを離れて僕のほうに歩き出す。
「涙を浮かべてカメラを構える少年を見つけちゃったんだ。あぁ、このひともそうなのかな、って。自分と他人との境を意識して孤独に浸るタイプでしょ、菊池くん」
藤村さんは僕の顔を覗き込んで言う。図星だった。
「だから放っておけなくて声をかけたの」
「同病相哀れむ、ってことか。そりゃ当たるよな」
「んー……。ちょっと違うかな」
「あれ? 話の流れではそういうことだと思ったんだけど」
くるりと背中を向けた藤村さんは空を見上げた。僕もつられて上を見た。初夏の空に飛行機雲がふた筋走っている。
「口実ができた、ってことにしといて」
「え?」
今の言葉がどういう意味か聞く間もなく、藤村さんは階段に向かって歩き出し、
「さ、そろそろ下校時間だよ。行こう」
すれ違いざま僕の手を掴んだ。バランスを崩しながら引きずられてゆく僕の目の端に、交差する白い飛行機雲が映った。今日は風もないからしばらく残るだろう。


050214

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