猫の廃虚


 アブラゼミの鳴く、よく晴れた日だった。僕はきれいに舗装された路地を一人で歩いていた。車が二台すれ違うのがやっとなくらいの幅の、住宅街によくある道だった。強い日差しにブロック塀が黒い影を落としている。買ったばかりの白いシャツが追い風に揺れた。
「それにしても誰もいないね」
誰にともなく口にする。と、次の十字路からひょいと黒猫が顔をのぞかせた。片方の目が黄色でもう片方が青い、不思議な雰囲気の猫だった。オッドアイの黒猫を見たのは初めてだった。まるで影から生まれたような彼に僕は何と声をかけていいのか分からなくなり、少しの間僕と彼は白昼の像のように固まっていた。
 ふいに猫は僕から視線を逸らし、道を歩き始めた。ついて来いとでも言うように。僕は迷わず彼に続いた。見失わない程度に間を空けて猫の後をつけるのは初めてのはずだったけれど、不思議と僕の体はどうやればいいかを分かっているみたいだった。僕の高揚をよそに、影に入るたび融けてしまうように見えなくなる猫は、普通の野良猫がやるように立ち止まって辺りを見回したり、家の庭を横切ったりすることもなくまるで人間みたいに道の真ん中を歩いた。

 程なくして猫と僕は学校に着いた。学校というよりも廃虚と呼んだほうがよさそうな、そんな建物だった。辛うじて残る校門とそれにかかる札だけが昔ここに生徒が通っていたことを匂わせていた。クリーム色にひび割れた壁は真昼の住宅街に何の違和感もなく溶け込んでいたので、僕もこんなところに学校が棄てられていることに疑問を抱かなかった。きっと抱いていたとしても、中に入りたいという好奇心が勝っただろう。そういえば、と猫のほうを見ると、彼はもう開いた門から校庭の中に入っていくところだった。ぴんとあげた尻尾が光を吸収し、すぐに消えた。

 それからのことはよく覚えていない。僕は猫の後を追って校舎の中に入り、そして出てきた。相変わらず外は眩しい白い光に覆われていて、僕は目を細めた。


050203

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