■下手人
胸を抱いたときの柔らかな感触を覚えている
てのひらに伝わるやけに早い鼓動を覚えている
羽を交差させられて足だけでもがく姿を覚えている
片足を吊られて力なくもたげた首を覚えている
ビニルハウスの屋根の下に散らばる白い羽毛を覚えている
開こうとするくちばしを強く抑える握力を覚えている
手渡された右利き用の厚い和包丁が鈍く光るのを覚えている
首に刃を当てたときに見つめられた彼女の深い目を覚えている
ぶつりと切れたたるんだ首の皮の手ごたえのなさを覚えている
赤黒く染まって縮こまった喉の裏の毛を覚えている
左手を伝って地面に染みをつける血の熱さを覚えている
傷口と地面の両方から立ち昇る湯気を覚えている
口に手を当ててうずくまる友人の青い顔を覚えている
もう一度右手に渡った包丁のずしりとした重みを覚えている
外の小屋から聞こえていた鳴き声が
いつの間にか雨音にかき消されていたのを覚えている
ぐわぁぐわぁと二度鳴いて動かなくなった彼女が最後に見せた目を覚えている
力が入らなくなるまでひたすらに羽をむしったのを覚えている
抜けきらない毛が残したぶつぶつという感触を覚えている
動かなくなっても消えない温かさにすがったのを覚えている
渦を巻いて宙に舞う白い綿毛が頭に付いたのを覚えている
生きものから肉になればもう平気だと誰かが呟いたのを覚えている
紐を外して袋に入れる前に見えた彼女の閉じかかったまぶたを覚えている
終わり間近になって隣に稲が干してあるのに気付いたのを覚えている
足元に散らばる雄の翠色の羽の色を覚えている
饒舌になったり黙りこくったりする4人の必死な表情を覚えている
思い出したように彼女に向けて印を組んだのを覚えている
ストーブを囲んでいる少しの間だけ我慢した灯油臭さを覚えている
帰りの車の中で激しく動くワイパーの音を覚えている
思い出にと残しておいた彼女のきれいな羽を忘れてきてしまったのを覚えている
やけに暖房が効いている農場のビニルハウスに吊るされた
美しい五羽の合鴨の最期を覚えている
爪の間にしつこくこびりついた赤黒い染みを覚えている
殺すことでしか生きられないと心の底から感じたのを覚えている
俺の手の中で確かに消えていった命を覚えている
031216